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ビジネス書「極上三言」 空気の研究
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空気の研究
空気が読める人の話し方読めない人の話し方 (WAC BUNKO 72)空気が読める人の話し方読めない人の話し方 (WAC BUNKO 72)
(2007/10)
八坂 裕子

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●謝罪する理由があるのに謝らないのは、品位のないことだ。
●聞く耳を持たない話し方の大人は、実は聞くことへの恐怖心が強いのだと思う。
●精神的自立をめざすには、”甘える”という感情を体験し、相手の存在に敬意を表すること。



下ネタはダメとか、しつこくからんじゃダメとか、そのダメさ加減を具体的なシチュエーションで提示したあと、もしあなたにそういう(下ネタ好きとか)傾向があるならこうしましょう、もしあなたがこういう人と対峙したならこうしましょうってなことを連ねた本。その文体はいかにも「自己啓発書」って感じで、好き嫌いがわかれるかもしれないな。

例えば口が軽い人には秘密を打ち明けないようにしましょう、なんてお説ごもっとも、でもその実効性はどうなんだろう?と疑念を抱くところもちらほら。疑念ついでに、広い視野を持つことを謳っておきながら、地球温暖化防止へののめり込みかたにも閉口ぎみ。ゴアの『不都合な真実』なんて異様に称揚しちゃっているけれど、あの本の内容って客観的に見ておかしなところ満載で、本自体が「不都合な真実」にまみれてたりするんだよね。広い視野を言うなら、せめて『環境危機をあおってはいけない』くらいは併読しておくべきだと思うな。

と、なんか文句たらたらだな。いえね、タイトルだけ見て、「空気」について考察している本だと思って手に取っちゃったわけで。実際目を通してみれば「KY」なんてのが流行ったその便乗タイトルでしかなく、がっかりしちゃったってのがあってね。そう、「空気」ってのが僕の関心事の一つなのだ。

山本七平(という昔の評論家)が「空気」と呼んだ概念は、今やすっかり日常語に。空気が読めないやつはとかく扱いづらい。そんな空気が支配する風潮って、批判的に語られることが多いんだよね。自分の意見を言わずに、空気を読んで無難な意見を吐くことが是とされるのっておかしくないか?会議でほとんど決まりかけている案件に、それでも「これは良くない」と異議を唱える行為が「空気を読んでいない」と批判されるのっておかしくないか?などなど。

その通り。その通りなんだけど、それとは別の次元で「空気を読む」能力ってコミュニケーションには不可欠だと僕は思うのだ。空気を読めるってことはいわば「非言語的コミュニケーション能力」に優れているということだから。

ああ、まだ空気については語ることがあるのに、ここまででこんなに長い文章になってしまった。あんまり長い文章もアレなので、空気の続編はまた別の機会に。こうやって読者を気づかう僕は結構空気が読めてるでしょ?!

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Comment

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こんばんは!
ドクさんは空気を読みながら持論を展開していると
いつも感心しています!

断言しているようで押し付けではなく
否定しているようでこうとも取れるという1つの見解に留める。
かといって認める所は認め
いいたいことは言う。

そんなドクさんだから多くの感心が生まれ
賞賛されるんではないかと思います。

今日はドクさんを褒めるコメントでお送りいたしました!
褒められ上手になって下さいね〜
優希 | URL | 2008/11/17/Mon 23:15 [EDIT]
空気を読むのは、感じて判断する能力なのでしょうけど、読めない人は読めないですよね〜(笑)

会議の席での話しは、違う意味で空気を読め!ですね^^
らん | URL | 2008/11/17/Mon 23:36 [EDIT]
ドクエメットさん

>自分の意見を言わずに、空気を読んで無難な意見を吐くことが是とされるのっておかしくない

私、個人の意見としては、そんな空気は読まなくっていいと思います。
ネガティブな人がたくさん集まっている、意味の不明な会議って多々ありますよね。もう最初から答えなんて決まっちゃっているのに、あえて意見を聞く。
前の会社はそんな会議のオンパレードでした。
って少し熱くなっちゃっている私はKYでしょうか(笑)。
gonsuke | URL | 2008/11/18/Tue 12:12 [EDIT]
題名を見て、山本七平への論評かと思ったら、同じ題名の本があるんですね。
西森憲司 | URL | 2008/11/18/Tue 13:22 [EDIT]
優希さん、こんばんは
あら〜、おほめいただきまことにありがとうございます。
僕は友人に対しても結構苛烈な事を言うのですが、そのときは常に
・その相手はきっと受け止めてくれるであろうという信頼
・万が一にも逆鱗に触れてしまい、関係が大きく崩れるかもしれないという恐れ
をともに抱きながら、常に逡巡してはいます。

う〜ん、ほんとね、誉められるのが苦手で。
「そんなことありませんよ」と否定して終わっちゃうんですよね。
自然に喜べるには、やっぱ「慣れ」ですかね〜。ああ、恥ずかしい。
ドクエメット | URL | 2008/11/18/Tue 20:35 [EDIT]
らんさん、こんばんは
「空気を読めない」というとなんか理不尽な批判のような気がしますが、「非言語的コミュニケーション能力に劣っている」と言うとなんか「ああ、そうだなあ」って気がしません?

ちなみに会議での話は、僕は「それでも『これは良くない』と言うべきだ」という意見です。
ドクエメット | URL | 2008/11/18/Tue 20:38 [EDIT]
gonsukeさん、こんばんは
おっしゃるとおりだと思います。

普通の日常的なコミュニケーションにおいて、「空気を読む」ことは絶対に必要だと思うんですよ。
だけど「筋の通った意見」を求められる場であるはずの会議や仕事上の話し合いにおいて、「空気を読む」必要なんかまったくない。
正論ですよ、紛うことなき。
ドクエメット | URL | 2008/11/18/Tue 20:42 [EDIT]
西森憲司さん、こんばんは
いえ、「空気の研究」という題は僕の記事にたいして僕が勝手につけたものです。もちろん、あの名著からとりました。
ドクエメット | URL | 2008/11/18/Tue 20:43 [EDIT]
「空気を読む」ということの是非については、立場(モノ系かヒト系か)によって、意見が分かれるところですね。

やまいもとしては、モノ系としては、空気が読めるのに越したことは無いけど、
読めなくても、なんとかなるかなぁ、と。

逆に、ヒト系の人は、徹底的に読むことに集中するのがよろしい、と。

そのように考えております。

やまいも | URL | 2008/11/18/Tue 23:39 [EDIT]
やまいもさん、こんばんは
なるほど。一理ありますね。

僕は「場」が問題だと思います。
それが日常のたわいないコミュニケーションだったら、空気は読まなきゃいけないだろうし、会議のような「本音」で語るべき場だったら、空気を読む必要なんかない。

いついかなるときにも空気を読まなきゃいけないとか読んではいけないとか言っちゃうから、話が変な方向に行ってしまうのです。
ドクエメット | URL | 2008/11/20/Thu 19:37 [EDIT]

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